地域紹介

地域紹介(秦地区の観光紹介)

当社近辺の葛和田観光スポットを紹介します。是非お立ち寄りください。

葛和田の渡し(利根川にある渡し船)

赤岩渡船の由来

赤岩渡船の歴史は古く、既に永禄年間(1558年~1569年)上杉輝虎(謙信)の案内状によれば、船橋を架けて軍が渡河していたと伝えられている。

この河岸は、江戸時代の年貢米、参勤交代の荷物、生活物資等の集積場であり、上下流の物資中継地点としてにぎわい、赤岩の地は宿場町として栄えた。ま た、坂東16渡津(渡し場)の一つに数えられ、中山道熊谷・行田方面及び、野州足利方面への往還として水陸交通の要所であった。大正15年に県営となり昭 和24年千代田町が県より直接委託を受け管理運営あたっている。現在、群馬県邑楽郡千代田町赤岩と、埼玉県大里郡妻沼町葛和田を結ぶ県道熊谷・館林線の道 路渡船として地域の人々に利用されており、付近は水上レジャーのメッカでもある。

 

赤岩渡船の由来

バス停が河川敷に有ります

赤岩渡船の由来  バス停が河川敷に有ります

 

赤岩に停泊中の渡し舟

(運行時間)

  • 4月から9月  午前8時30分~午後5時まで
  • 10月から3月 午前8時30分~午後4時30分

但し、大水・台風・強風等により航行危険な場合は、欠航いたします。対岸までの距離は約500mあります。ここを、約4分で到着いたします。1日の利用客は、平均10人ほどです。

 

「私も、子供のころはこの船の乗り、赤岩へ遊びの行きました。懐かしいです。」

 

バス停が河川敷に有ります

熊谷駅から葛和田行きに乗りますと、終点が利根川の河川敷内の有るこのバス停です。

渡し船に乗るには、バス停の隣に有る黄色い旗を上に揚げると、船が迎えに来てくれます。

また、近くではサッカー場やグライダーの滑空場・荻野吟子誕生之地記念公園などがあり、土・日はサッカー少年やグライダーを見に来た人で賑わいます。

 

荻野吟子生誕の地公園(日本の女医第一号)

日本最初の女医

嘉永4年(1851年)に、俵瀬村(現在の妻沼町俵瀬)の名主 荻野綾三郎の五女として生まれました。

大龍寺の寺子屋で、行余書院住職の北条察源より師事を受け、知識を飛躍的に向上させる。その後、両宜塾に入門し松本万年に師事する。

18歳で、熊谷の名主に嫁ぎましたが婦人病のため離婚しました。

診療の屈辱をバネに女医志望を決意した吟子は周囲の反対を押し切って上京し。刻苦勉励し明治18年政府公認の女医1号となり、東京本郷に「産婦人科荻野医院」を開業しました。

 

荻野吟子誕生之地記念公園

利根川の堤防下に有り、記念碑や銅像、四阿(あずまや)も有り吟子の面影を垣間見ることができます。

花壇  公園の隣に、地域の方々が管理している花壇があり、四季折々に花が咲いています。 *写真は5月5日に撮影したものです。

 

熊谷市立荻野吟子記念館

記念館は荻野吟子女史の生家の長屋門を模した、瓦葺屋根・漆喰一部下見板の和風建築で、部屋は展示室と休憩室に分かれ、展示室には荻野吟子女史の生涯を時代に合わせて説明した年表や資料を展示しています。

2015年12月17日島田青果株式会社
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